あい My みぃ++ AKB48峯岸みなみだけを見ていたはずだったにも関わらず

AKB48の峯岸みなみさんを中心にチーム8もはじめました←

MJ Presents AKB48 ドキュメント3・11


■MJ Presents AKB48 ドキュメント3・11
録画しておいたものを見てみました。

「なるほど、AKBというのは震災復興のために頑張っているんだなー」と思える内容になっていました。なるほど。

というのが普通の捉え方です。はい。

実際どんなに汚い言い方しても『やらない偽善より、やる偽善』。
手弁当に近い感覚で六本木のあの方たちが言い出しっぺの支援も20回以上やってそれはそれで素晴しいものなんです。
子供たちの笑顔があって、大人たちが「こんなのこの子たちが喜ぶのは久々だ」という。
献花して、黙祷して、みんなの目線に立って(厳密にいえば違うんだけど←)、ナレーションはほぼなし、そう、教科書的しっかりと映像を作りました!そういう面では100点じゃないでしょうか。メンバー的にも何ら責められるものはないでしょう。

http://www.nhk.or.jp/mj-blog/

これも読んだ。


ただ、この笑顔やらイベントというのは多分3月12日でも同じ効果だよなーと思ったのですよ。
なぜ全会場にカメラが入っているんだろうとか。
なぜ他のアーティストや芸能人は(この番組だけの話じゃないけど)出さないのだろうと。

どうしても光と影は存在するのですよ。
それこそ以前話題になった江頭2:50ももしかして相変わらず支援を継続しているかもしれない。が、そこに光が当たらなかったら何も気付けないのだよね。実際そんなことも起こっていそうな気もするのだけれども。

全会場にカメラを入れる必要もそもそもあったのだろうか?それは光景を静止画で見せるやり方ではダメだったのだろうか?

それに、3月11日に紅白幕を用意する人たちの心境とはどんなものなのだろうか?
クローズアップ現代的な切り口なら間違いなくそこを斬ったんじゃないかと。編集が音楽番組の延長ではなかったとしたら。


「全会場にカメラを入れて、3月11日の同時にAKB48が復興のライブを行う」
というキャンペーンは確かに耳目を惹くけれども、それは誰のためなのだろう?誰のために耳目を惹くものなのだろう?
「3月12日に1会場だけカメラを入れたけど、他は静止画しか撮っていないもののメンバー60人が展開して来場者を喜ばせた」ではなぜダメだったんでしょうか?


エンタメ・文化的な復興や町興しという側面での復興もそろそろ考えられるんじゃないかと思うし、そういう予算付けなどもしていく気がする。
もちろんね、和太鼓叩いたり、盆踊りする人たちのための予算という側面もあるでしょうけど、「復興を支援するための町興し」として「今まで何回も町に来てくれて支援してくれたAKB48をシンボルとして起用する」というような金儲けと連動していくのではないかと、今後そういうことも起こっていくのではないかと思っているのです。

AKB48が行く事は悪いことではない、むしろとても良いことだ。
しかし、あまりにもAKB48に偏りすぎてはいないか、そしてインパクト作りに走っていないか、その2点が引っかかるのである。

現状ボランティアや手弁当感覚でやっているものが、いつの頃か交付金という税金をもらった現地地方自治体からお金をもらうイベントになり、その時までに地元をしっかり耕していた先駆者だとしたら、それは先行者が利益の総取りを出来る状態になる。
そのためのイメージ作りではないか、などと邪な考え方をしてみてしまうのである。


黒幕は見えない。
大人はいつだって風を受けない、その後ろにいる。
その傾向をなんとなく感じた。
これで儲かるのは電通か。そしてNHKか。相変わらず。。。

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